第8話「悪夢の公衆便所」
「昨夜、私を襲ったのは何だったのだろう……。人間? それとも化け物? まさかあ……化け物だなんて……。あ、でも、あの冷たさは人間じゃなかったわ……」
思い出すだけでもおぞましく背筋が凍りつく。
「こんなところにいつまでも居られないわ」
一刻も早く脱出したい。
ありさはすぐに着衣の乱れを整え始めた。
格好なんて構ってる場合ではないのだが、彼女の羞恥心が自然にそうさせた。
衣服を整えたありさは、早速ドアの取っ手を握った。
「開くかしら……」
不安がよぎる。
ドアは何の苦もなくスッと開いた。
「開いた!」
個室から出てみると、朝光が天窓から射し込み、眩しいほどであった。
かすかな安堵感を覚えた。
だけどまだ公衆便所から脱出できたわけではない。
ありさはすぐに公衆便所の出入り口へと小走りで駆けていった。
出入り口引戸のすりガラスにも朝の光が当たっている。
光は希望を与えてくれる。
しかし昨夜引き戸は開かなかった。
ありさは公衆便所の引き戸を激しく叩いた。
(ガンガンガンガン!! ガンガンガンガン!!)
「お願い!! ここから出して!!」
(ガンガンガンガン!!ガンガンガンガン!!)
「お願い!! 誰か~!! 私をここから出して~~~!!」
(ガンガンガンガン!!ガンガンガンガン!!)
すると突然、公衆便所の引き戸がガラリと開いた。
唖然とするありさ。
開いた扉の向うには、水色の作業着を着た清掃担当と思われる中年の女性が立っていた。
女性は驚いたような表情でありさを見つめている。
ありさは鳩が豆鉄砲を食らったような表情で女性を見つめた。
先に話しかけたのは女性だった。
「あのぉ……どうされたのですか?」
「実は、扉が開かなくて困ってたんです……」
「えっ? まさか、そんなはずはありませんよ。だってここは公衆便所ですよ。ふだんから鍵は掛けませんよ」
「え……? 昨夜掛かっていませんでしたか?」
「はい、掛けてませんよ」
女性は、ありさが早朝家を飛び出してきたが、まだ完全に目が覚めきらず寝ぼけているとでも思ったようだ。
ありさの慌てふためいた様子を見て、にやにやと笑っている。
今度はありさから尋ねた。
「ところでおばさんはどちらの方ですか……?」
「はい、私はここの清掃作業員なんです」
「あぁ、そうですか……」
ありさは釈然としなかった。
昨夜、渾身の力をふりしぼっても開かなかった扉が、今、簡単に開く。
まるでキツネに抓まれたようだ。
ありさは頭が混乱しそうになっていた。
しかし、理由はどうあれ、脱出できたことには感謝しなければならない。
ありさはほっと安堵のため息をついた。
(でも昨夜誰かが私を襲ったことだけは紛れもない事実だわ……)
ありさは清掃作業員との会話の中で、昨夜起こった忌まわしい出来事だけは話さなかった。
仮に話しても「悪い夢でも見てたのでは?」と一笑に付されるのが落ちだろう。
「おばさん、ありがとう。じゃあね」
ありさは清掃作業員に軽く会釈をして公衆便所を後にした。
公園内を歩いていると、身体の奥から熱い粘液がこぼれ落ちるような気がした。
粘液はショーツに吸収されていく。
かなりの量だ。
ベトベトしてきた。
不快感をつのらせる。
(気持ち悪いなぁ……ナプキンを挟んでおけばよかったぁ……)
身体の奥に痕跡が残っている。
(やっぱり間違いない……昨夜私は誰かにレイプされたんだ……こんな場合お医者さんに行くべきなのかなあ……)
ありさが公園から大通りに出ようとしたとき、木立の陰で何かが「カサッ」と動く気配がした。
完