第4話「暗闇の魔物」
「まっ、まっくら……いやだぁ……こ、こわい……あぁ……こわい……」
蛍光灯の点滅は目障りだし不気味なものだが、暗闇はありさをさらなる恐怖に陥れた。
「いやっ……私が一体何をしたというの……? どうしてこんな恐い目に遭わすのぉ……? いやぁ~~~~~~~~!! もう許してぇ~~~~~~!!」
叫んでも、自身の声が壁に当たって返ってくるだけ。
ありさは涙声になっていた。
もしかしたらこれは誰かがありさに仕掛けたたちの悪いいたずらなのだろうか。
それとも非科学的な話になるが、一種の超常現象なのだろうか。
いずれにしても、この局面から早く脱出しなければならないことだけは確かだ。
とは言っても、仮にこの狭い個室から抜け出して、真っ暗な公衆便所内をさまよい、出入り口までたどり着いたとしても、引き戸が開かないのであれば外部への脱出はかなわない。
今のありさとしては真っ暗な便所内をさまよう勇気すらも残っていなかった。
真っ暗な便所内をさまようくらいなら、この狭い個室内に閉じこもっている方がよほどましだ。
朝が訪れたら、おそらく脱出する方法を見つけることができるだろう。
とにかく夜明けまで数時間の我慢だ。
ありさは個室からは出ないで、中で“籠城する”ことに決めたのだった。
それから5分が経過した。
静寂と暗黒の中で立ったまま息をひそめて恐怖に耐えるありさ。
微かな疲労感を覚えた。
荷物用の棚がなかったのでバッグをロータンクの上に置いた。
便器カバーを閉めてその上に座ることにした。
当然暖房便座などの設備はないので、スカート越しに便座の冷たい感触が伝わってくる。
夜も更けて、かなり気温が下がってきたようだ。
「あぁ……さむい……」
ありさはバーバリーチェックのマフラーを巻き直し、コートの襟を立てた。
「ううう……寒いよぉ……」
ありさを責め苛んだのは暗黒と寒気だけではなかった。
それは時間の経過の異常なまでの遅さであった。
時間感覚のゆがみは、極度の恐怖とストレスにさらされた際に、脳が記憶を形成する方法と関連すると聞いたことがある。
まるで時が止まってしまったのではないか、と思わせるほど時間の経過が遅く感じられた。
もしかしたら永遠にこの暗闇が続くのではないだろうか。
本当に夜明けが訪れるのだろうか。
ありさは恐怖に襲われた。
緊張が続いたせいか、ありさは尿意をもよおした。
幸いにもここは便所の個室内なので用を足すには困らない。
ありさはおもむろに立ち上がると、便器カバーを開けスカートをまくった。
ショーツを下ろし便座に腰を掛ける。
まもなく水が弾ける音がすると、ありさの口から安堵のため息が漏れた。
(ふぅ……)
放出し終わりトイレットペーパーで大事な箇所をそっと拭う。
立ち上がってショーツを上げようとした時、突然、腰元に強い力が加わった。
「えっ……!?」
細い腕のようなものがありさを拘束している。
それは痩せていて骨ばった感じがする。
それだけではない。
まるで冷血動物のように冷たい。
背中に例えようのない悪寒が走った。
「何なのっ……!?」
(カチャッ……)
次の瞬間、両手が万歳姿に吊り上げられ、手首に紐のようなものが巻きついてきた。
「えっ!? うそ!! ぎゃぁああああ~~~~~~~!!」
ありさはあまりに突然のことに困惑を隠しきれなかった。
いったい何が起きたというのか。
暗闇の中なので正体は不明だが、悪意に満ちたものであることだけは間違いなかった。
胴体と手首の自由が奪われ身動きがとれない。
(ジリ……ジリ……)
強い力がパーテーション側へと引き寄せていく。
懸命に踏ん張って抵抗を試みたが、その力は信じられないほど強力で、ありさはとても抗うことができなかった。
「いやぁああああ~~~~~~~~~~~!! 助けてぇええええ~~~~~~~~~~~!!」