第1話「奇妙な落書き」
その夜、クラブ活動を終えた大学生野々宮ありさ(20才)は早足で家路に向かっていた。
大学のサッカー部が全国大会への出場を果たしたこともあって、チアリーダー部に所属しているありさは毎晩遅くまで練習に励んでいた。
すでに午後10時を回り電車の本数もわずかとなっていたため、乗り遅れないようにと急ぎ足でキャンパスを後にした。
キャンパスを出る時、微かに催していた尿意が次第に高まっていた。
歩き始めた頃は『駅までの辛抱』と耐えられていたのだが、駅までの中間点辺りに差し掛かった時、すでに限界に達していた。
「あぁ~困ったなあ……。もう我慢しきれないよ……。キャンパスを出る時にしておけばよかったなあ……」
ありさが通りかかった場所は比較的人気なく、さらには街灯もまばらで薄暗かった。
「あっ、そうだ。あそこの角を左に曲がると公園があったわ。確か公園の中に公衆便所があったはずだわ」
通い慣れた道とは言っても、公園がある場所はいつもの経路から少し外れるので、すぐにありさの脳裏には浮かばなかった。
しかし不慣れな便所はできるだけ利用したくないので、可能な限り駅に着くまで我慢をしたかったが、今のありさにはもうその余裕がなかった。
すがるような思いで一目散に公園の便所へと駆けて行くありさ。
「はぁはぁはぁ~、はぁはぁはぁ~」
やがてぼんやりと鈍い光を放つ外灯がありさの目に飛び込んできた。
さらに外灯の少し先に目をこらすと公衆便所があった。
「あっ、あったわ。よかった。ひゃぁ~、もう漏れそうだわ!」
公衆便所までたどり着くと『男子・女子』を指し示す案内プレートがあった。
当然ながら『女子』の方へ急いで駆け込んでいく。
公衆便所内はガランとしていて人の気配がない。
左側には個室が3つ、右側には洗面器が3つ並んでいる。
公衆便所特有の臭気はあまりなかったが、どんよりと淀んだ空気が何やら不気味さを漂わせていた。
しかし、今はそんなことにこだわっていられない。
すでに限界まで達していて腹が破裂しそうだ。
とにかく早く用を足したい。
ありさは迷うことなく一番手前の個室に駆け込んだ。
ガチャ……
見ると便器は洋式で幸い汚れもなくきれいだ。
ただし壁には沢山の落書きが書きなぐられていてかなり汚れている。
しかし公衆便所ではよくあることであり珍しいことではない。
ありさは気に留めることもなく、鞄を棚に乗せ、急いでスカートをまくり上げ、ショーツを下ろした。
便座に腰を下ろす。
座るやいなや膀胱に溜まっていた液体が音を立てて放出を始めた。
「ふぅ……」
安堵のため息をつくありさ。
濡れた箇所をトイレットペーパーで拭った後、ロータンクのレバーを廻した。
水が勢いよく溢れ出す。
やっとふだんの自分に戻った気がした。
ありさは何気に壁の正面の落書きを見た。
「ん……?」
『ありさとエッチしたい』
「やだぁ、私と同じ名前じゃん。あははは……。ん? ここ、女子便所なのに、まるで男子が書いた落書きみたい。へんなの……?」
その落書きの少し右上には……
『ありさのパンツはピンク』
と書かれている。
その日ありさが穿いていたショーツは偶然ピンク色だった。
「なんで? 私のと同じじゃん……なんかへん……」
今度は左側の壁に書かれている落書きに目を移した。
『ありさはレイプされる』
「な、なによ! これっ……!? どうして……? どうして私と同じ名前ばかり書いてあるの? 薄気味悪いわ…… やだ~! 早くここを出なければ!」
ありさは慌ててショーツを直しながら、ふと後ろを振り返った。
後ろにも多くの落書きが書かれていた。
その中でもひときわ大きな字で書かれた落書きを見て、ありさは愕然とした。
『ありさは二度とここから出られない』