第10話 “ドレッサーに向かうありさ”

 エレベーターが上昇を始めた。

「ねえシャイさん、小指に填める指輪ってどうしてピンキーリングっていうの?☆★☆」
「『ピンキー』って小指のことなんだ。小指はね、チャンスや秘密の象徴って言われてて、周囲から一番目立つところなんだ。女らしさを表現できて、お洒落のキーポイントなんだよ」
「へえ~そうなんだ☆★☆シャイさん、詳しいねえ☆★☆」
「実はね、指輪を買った時、デパートの店員さんから指輪のうんちくを書いたパンフレットをもらってね、これをしっかりと読んで知識をつけておいたら彼女からの好感度がアップしますよ、って言われたって訳だよ」
「あははは~、そんなことばらさなきゃ、ありさ全然分からないのに~☆★☆」
「ははははは~」

 目的の停止階で、エレベーターのドアが静かに開いた。
 エレベーターホールではミッキーとミニーのモニュメントが迎えてくれて、つい口元がゆるんでしまう。

「おっ、ミッキーがお帰りって言ってるみたいだよ」
「ミッキーちゃん、今日は楽しかったよ~、ありがとう♪☆★☆」

 ありさはかなり上機嫌なようで、繋いだ手を大きく前後に振りながら廊下を進む。

◇◇◇

 シャワーの音が聞こえてくる。
 先にありさが風呂に入り汗を流してる。
 しびれを切らしたシャイが思わず浴室のドアをノックした。

「ありさちゃん、入ってもいいだろう?」
「ダメぇ~~~☆★☆恥ずかしいから、ダメぇ~~~☆★☆」
「え~?ダメなの?恥ずかしいと言っても、後でもっと恥かしいことするんだけどなあ……」

 シャイはぶつぶつと呟いたが、その声はシャワーの音にかき消されてしまってありさの耳には届かなかった。

(後で僕の前ですごく恥ずかしい恰好になるくせに、風呂で裸を見られたくないとは、ふうむ心理がよく分からん……)

 女心とは実に不可解なものだとシャイは思った。

 まもなく入浴を終えたありさが濡れた身体にバスローブを羽織って戻ってきた。
 予めシャイが部屋のクーラーを効かせていたので冷気が心地よい。
 夏場は風呂上りの身体の熱が取れにくく汗が吹き出すが、バスローブなら汗を吸収してくれて身体の乾きが早い。
 ありさは洗い髪バスタオルで拭いながらドレッサーへと向かう。

「シャイさん、お先に~☆★☆気持ちよかったよ~☆★☆」
「あれ?早かったね。僕に気を遣ったんじゃないの?」
「そんなことないよ。ゆっくり入ってきたから~☆★☆」
「じゃあ僕も入ってくるね」
「うん、ゆっくり入ってきて~☆★☆」

 シャイはありさを抱き寄せて額にキスをした。
 風呂上がりなので身体が驚くほど火照っている。

「熱っ!」
「シャイさん、おおげさ過ぎだよ~☆★☆」

 抱き寄せると風呂上り特有の石鹸の香りがシャイの鼻孔をくすぐった。

「いい香りするね」
「そう?シャンプーしただけなんだけど☆★☆」
「いやあ、それがいいんだな~」

 石鹸の匂いを好む男性は多い。それは石鹸の匂いが「清潔感」と「女らしさ」に溢れているからだろう。
 女性の髪からふわっと香るシャンプーの匂いは女性特有の魅力なだけに、世の男性は憧れを抱いてしまうのかも知れない。
 シャイも例外ではなかった。

(ううう……今、ありさを抱きしめたい……)

 シャイはそんな衝動をぐっと堪えながら風呂場に跳んで行った。
 その間、ありさはドレッサーと向かい合ってる。
 身体を拭くと速攻でフェイスパックをしたありさは、髪を軽くタオルドライし、毛先にさらりとヘアトリートメントする。
 ヘアトリートメントが終わると、次の作業がしやすいように髪をアップにまとめる。
 そしてボディクリームで身体の保湿をした後、ドライヤーで髪を乾かせる。
 ありさは髪を乾かしながら、窓辺に目をやった。
 窓の外ではディズニーシーが美しいネオンを灯しているのだろうが、ありさが座っているドレッサーの位置からは景色が見えない。

(あっ、そうだ!バルコニーがあるのにまだ出てなかった。後でシャイさんといっしょに……うふふ……☆★☆)

 ありさが髪を乾かしていると突然背後からシャイが襲った。

「やんっ、まだ濡れてるのに~☆★☆」
「え?どこが?ここかな?」

 シャイはバスローブの上からだったが、ありさの下腹部に触れた。

「きゃっ!エッチ~!違うよ~、髪の毛だよ~。ダメだって~、やん~!☆★☆」
「こっちも濡れてるんじゃないの?」

 シャイはバスローブの上から執拗に触る。

「あぁん、もう、エッチなんだから~☆★☆ねえ、シャイさん、まだバルコニーに出てなかったね。出てみない?☆★☆」
「うん、いいよ、この格好で?」
「夜だからバスローブのままでもいいんじゃない?☆★☆」
「じゃあ出ようか」
「あっ、髪がアップのままなので、ちょっとだけ待っててね☆★☆」

 ありさは左手で髪の毛束を掴むと、右手でクリップを外した。
 シャイと目が合うのが恥ずかしいのか、彼から視線を逸らしてる。
 左手で毛束を散らすと、ゆっくりと髪を下ろした。
 下ろした髪を前に持ってくる仕草を見せたありさはシャイを見つめてにっこりと微笑んだ。

「どう?☆★☆」
「すごくきれいだよ」
「嬉しい~☆★☆」
「じゃあ行こうか」
「うん☆★☆」

 二人は窓際の扉を開けてバルコニーに出た。
 夜が更けると気温も下がり、ディズニーシーの湖水の上を渡ってきた夜風がとても爽やかに感じる。

「夜景がきれい!さっきまであそこでショーをやってたんだね☆★☆」
「ショーも華やかでいいけど、人のいないディズニーシーの夜景を眺めるのもいいものだね」
「昼間あんなに沢山の人でにぎわっていたのにね~☆★☆」

 バルコニーの手摺に両肘をもたせかけて夜景を眺める二人。  
 いつしかシャイがありさの肩に手をあてがい、ありさもまたさりげなくシャイの左肩に寄りかかる。
 ふわっと香るありさの甘い風呂上がりの香りはシャイの心を酔わせた。

「シャイさんに肩ズンするって気持ちいいな~☆★☆」
「肩ズン?何それ?」
「好きな人の肩にもたれることだよ☆★☆」
「へ~、肩ズンって言うんだ。できれば僕は肩ズンよりもズンズンの方がいいかな~」
「え~~~?聞こえないよ~~~☆★☆」
「ズンズンがいい」
「全然聞こえないもん~~~☆★☆」
「ふう~ん、聞こえないなら行動で示そうかな!?」
「キャッ!☆★☆」

 シャイは突然ありさを抱きしめくちびるを寄せた。


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