「あっ、ごめんね」
という姉の声に、僕は心臓が止まりそうになった。
あっと言う間にドアがまた閉まっていた。
僕は声を出す間もなかった。
姉の名前はありさ。
今20歳で女子大生、バイトでモデルをやっているみたいだ。
まあ、そんなことはどうだっていいんだけど、『アレ』の真っ最中にドアを開けるなんて……
ドアが閉まると、姉に行為を見られたことが、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
数分経つと、その恥ずかしさが、やり場のない憤りに変わった。
せめて姉がノックさえしてくれれば、すぐに恥ずかしい行為を隠せたのに……
その上、僕の膝上には、姉のショーツがあったからだ。
これだって姉が、きちんと洗濯していれば僕を誘うことはなかった。
魅惑的な20歳の女の匂いに引き寄せられただけだ。
僕は悪くない。
「入るわよ」
しばらくしてドアがノックされた。
姉だ。
僕はドキッとした。
でも、わざと大声で返事した。
コンパスを借りたかったらしい。
僕の机の上の数学の問題集に姉は目を止めた。
姉は数学が得意。
微分の話を始めた。
同じ微分でも、大学では抽象的で難解な解釈をするらしい。
なぜか饒舌だ。
僕も姉も『アレ』の話題には触れない。
姉の目が、僕の机の横のごみ箱の中を気にしている。
僕は気がついた。
チラリチラリと、丸めたティッシュを見ている。
僕の汚れを吸ったティッシュ。
まさに姉に見られる瞬間のフィニッシュ……
きっと姉には、それも分かっている。
さっきの短い一瞬に、僕のあの表情と手の動きと、男性自身を見てしまったのだ。
姉自身のショーツも見てしまったのか?
姉は何を思ったのだろう?
男だからしかたないことって思ったのか?
すごくいやらしいって思ったのか?
それはそうだ。
男のその姿は恰好いいわけがない。
僕だって見られたくはない。
僕は恥ずかしくなった。
気が散ってしまった。
もう姉の数学の講義は頭に入らない。
姉は、急に黙ってしまった。
姉の視線の先を見ている僕に、気づいたのだ。
「こういうのって、いやね」
姉が沈黙を嫌った。
僕は言葉が浮かばなかった。
ただ姉には僕の秘密の全てがバレバレだ。
「やっぱり姉弟でも秘密ってあるね」
姉は言った。
「お姉ちゃんにも、何かあるの?」
僕は恥ずかしさをごまかすように聞いた。
「それはそうよ。雄一に知られたくないことは一杯あるわ」
姉はあっさりと言った。
きっと染みの付いたショーツやトイレのタンポン以上に隠したいことが姉にはあるのだ。
きっと僕の知らない何か……
「今度は、ちゃんとノックするからね」
姉はそう言い残すと部屋を出て行った。
完
ありさ