

第32話「捕らわれた衣葡と悠太」
「ありさちゃん、ちょっと顔色が悪いようだけど、だいじょうぶ?」
衣葡から表情を指摘され、わずかな動揺の色を漂わせるありさ。
「え? 私、そんなに顔色悪い……? だいじょうぶよ、元気だから」
「それならいいんだけど。何か手伝うことがあったら言ってね」
「ありがとう、今のところ特にないよ。ねえ……衣葡さん、今日は泊まっていくの?」
「まさか当然日帰りよ、出張で来たので。元気なふたりを見たら私たちの仕事は終わりだから」
「ごめんね。私たちのせいで、わざわざ軽井沢まで出張させてしまって」
「気にしないで。秘書って出張が少ないのでたまには気分転換になるわ。社長ご夫婦が心配されているので、後から連絡してあげて」
「うん、分かった。電話しておくわ」
衣葡たちは、まだ俊介と会っていないので、彼の姿を確認したら帰ろうと思っていた。
悠太がありさに尋ねた。
「ところで課長の帰りが遅いようですが、どこまで買い物に行かれたのですか?」
「ここから一番近いスーパーだと思うんだけど……店までは聞いてないわ……」
ありさは首を傾げた。
「何なら僕が課長を探してきましょうか?」
悠太がそんな言葉を発した瞬間だった。
ありさはカッと目を見開き、悠太の背後に迫る危機を訴えた。
「響生さん、逃げてっ!」
悠太が振り返ろうとした時にはすでに遅かった。
背後でパチパチと火花が散り、悠太は「ギャッ」と悲鳴をあげて前屈みで膝まづいた。
「やめて!」
ありさが叫ぶ。
悠太の背後にはハンディ型のスタンガンを持った富成が幽霊のように突っ立っている。
さらに背中にとどめの一撃を浴びせられた悠太は白目を剥いて痙攣する。
「ううっ、ああっ……」
とうめきながら崩れ落ちた。失神してしまったようだ。
「探しに行くなんてつまらないことを言うからだよ」
富成がボソリとつぶやいた。
突然の思いがけない事態に、衣葡は思考が混乱しその場から動けないようだ。
「衣葡さん、逃げてっ!」
ありさの一言で、ようやく我に返った衣葡はその場から逃げようとしたが、
「逃がしはしねえよ」
殿井が行く手を阻み、衣葡の背後から富成が接近する。
ありさが泣き叫ぶ。
「お願い! 彼女に乱暴はしないで~~~~っ!」
またしてもパチッという音。
衣葡の背中にスタンガンが触れた。
「うっ」
衝撃と痛みに思わず声を上げる。
もう一度怯んだ衣葡にスタンガンが押し当てられた。
「あうっ……!」
今度はさっきよりも大きい声が出た。
その場に崩れ落ちる衣葡。
気絶してしまったようだ。
スタンガンの電圧は非常に高いが、電流は3mAと低いため、感電による痛みは与えるが殺傷能力はない。
ただし数秒当てることによって失神に至ってしまう。
ありさは泣き崩れた。
「酷い……どうして罪もない人をこんな目に遭わすの……お願い、二人には手を出さないで……」
殿井がにやにやと笑っている。
「あの女、会社の秘書らしいな。なかなかの美人じゃねえか。裸にひん剥いて王様ゲームでもするか? どうだ? おまえも遊び方を提案しろ」
「ふざけないで。すぐに二人を解放して」
「無理だな」
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衣葡と悠太は気絶したまま一階西側にある納戸に閉じ込められた。
二人は縄でがっちりと後手に縛られたうえ口をガムテープで塞がれ、外から鍵を掛けられてしまった。
崎野が二階から下りてきてコーヒーで一息つきながら殿井と談笑している。
「富成のスタンガンを使ったのだな? 手荒い真似をしやがって」
「旦那を探しに行くなどと面倒なことを言いやがったので、手っ取り早く眠らせてやったのさ」
「で、どこに閉じ込めたんだ?」
「一階の納戸だ。外から光が入らねえ部屋だからしばらくはぐっすり眠ってるだろう」
「飛んで火に入る夏の虫とはこのことだな」
「はははは、うまく言うじゃねえか。虫は虫でも、かなりまぶい虫だぜ」
殿井が舌なめずりをしながら、淫猥な笑みを浮かべている。
「ちらりと見ただけだが、女はかなりの上玉のようだな」
「どう料理するか、今からよだれが出そうだぜ」
「まったくだ。ところでスマホは取り上げたのか?」
「その辺は抜かりないぜ。電源も切っておいたから大丈夫だ」
「奥さんはどうしてる?」
「会社の連中がスタンガンでやられちまったことがよほどショックだったのか、あれって呆然自失っていうのか? まるで魂の抜け殻みたいになっている」
「放っておいてよいのか?」
「富成がそばで見張ってるから大丈夫だ」
その時、突然崎野にアイデアが浮かんだようでポンと手を叩いた。
「ありさの目の前で秘書と旦那、旦那の目の前でありさと旦那の部下を掛け合わせるのはどうだろうか?」
「それイイぜ! すげえ面白いじゃねえか! 即採用~~~~!」
崎野の提案に満面笑みを浮かべ、けたたましい声で高笑いをする殿井の姿があった。