
第30話「衣葡と悠太の訪問」
正午過ぎ、衣葡たちの自動車はナビを頼りに、俊介たちが滞在している別荘に辿り着いた。
建物は淡いベージュ色の外壁と黒い屋根を持つ二階建てで、正面には白い手すり付きの広いポーチがあり、玄関ドアには花のプランターが飾られ、緑の植栽が別荘を囲んでいる。左側には駐車スペースがあり、自動車が一台停まっている。俊介の自動車だろうか。
「軽井沢町軽井沢〇〇番……ここだわ。たぶんこの別荘だわ」
「へえ~、さすが立派な別荘ですね~。表の芝生にテーブルセットがあってバーベキューとかできそうじゃないですか」
「何をのんきなことを言っているの。私たちは遊びに来たんじゃないのよ」
「ああ、そうでした。二人はいますかね?」
「自動車があるのでいるのじゃないかしら。でもいるなら、どうしてご両親に連絡しないのかしら……あんなに心配しておられるのに……」
「変ですね。とりあえずインターホンを鳴らしてみましょう」
玄関ポーチ横のインターホンを押した。
しばらく待ってみたが、一向に返事がない。
モニター付きなので誰が来たかは確認できるはずだ。
「変ですね。いないのかな?」
もう一度押してみた。
しばらくして、ようやく返事があった。ありさの声だ。
「えっ……衣葡さん? それに響生君もいっしょに? いったいどうしたの!?」
衣葡と悠太の思いがけない訪問に、ありさは驚きを隠しきれない。
衣葡が答えた。
「二人が心配で来たのよ。社長が二人と連絡がつかなくて心配されて、安否確認を頼まれたのよ。でも元気そうでよかったわ。……ねえ、少しだけでいいから中に入れてよ」
「気が付かなくてごめんね……どうぞ入って……」
突然の訪問とはいえ、はるばる東京からやってきたのに、なかなか室内に上げてくれないので、衣葡は痺れを切らして催促をした。
「お茶を一杯ご馳走になったらすぐに帰るから」
「うん……ゆっくりしていって……」
その時衣葡はありさの顔を見て、どことなくいつもより暗い表情をしているように感じたが、この時点では夫の俊介と喧嘩でもしたのだろうと、大して気にかけなかった。
さらに玄関に男物のスニーカーが三足並んでいたので、衣葡は先客があることに気が付いた。
「お客様なの?」
「えっ……? うん、俊介さんのね……あのぉ、そのぉ……大学のね、クラブの後輩が遊びに来ているの……」
「俊介さん、学生時代は確かテニス部とか言っていたわね」
「そうそう、テニス部の後輩……」
ありさはしどろもどろになりながらも、どうにかその場を取り繕った。
リビングルームには殿井と富成がいた。
ありさは二人を簡単に紹介し、殿井と富成もソファから立ち上がって愛想よく衣葡たちに挨拶をした。
俊介の姿が見えないので、衣葡が尋ねた。
ありさは「俊介は別の後輩といっしょに食材を買い出しに行った」と語った。
衣葡は、駐車スペースに自動車が一台停まっていたことを思い出したが、「後輩のものかもしれない」と考え、それ以上は聞かなかった。
もちろん俊介が後輩と買い出しに行ったというのは偽りであり、彼は崎野の監視の元、二階の寝室に幽閉されていた。
衣葡は、俊介の両親が昨日から今朝にかけて連絡が付かなかったことに不安を感じ、自分たちが代わりに確認のためやって来たと告げた。
ありさは「ご迷惑をかけてすみません。ちょっと事情があって電話やLINEに出られなかった」と謝罪したが、事情については口を閉ざした。
怪訝に思った悠太は「どんな事情なのか」と尋ねてみたが、ありさは「その件はのちほど……」と濁し「長旅でお疲れだと思うのでひとまずコーヒーを入れますね」とキッチンに行ってしまった。
歯切れの悪いありさの様子に衣葡は首を傾げた。
ありさがキッチンに立ったあと、人見知りな性格の富成とは対照的に、殿井が達弁をふるい場を繋いでいた。
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二階の寝室では俊介が両手の自由を封じられ、椅子に拘束されている。
先程まで口を覆っていた猿轡は、監視役の崎野の判断で一時的に外されていた。
「突然客が来たから慌てたぞ。モニターに映ってた連中は会社のやつらか?」
「そうだ」
「あんたとはどういう関係だ?」
「男性は私の部下で、女性は社長の秘書だ」
「へえ~、あんたと連絡が付かないから心配で来たとか言ってたけど、あんた、相当会社から大事にされているんだなあ」
俊介は、自身が社長の息子であることは伏せた。
言う必要がなかったし、言うことによって新たな脅迫の火種になると拙いので、話さないことが最善策だと思った。
しかし俊介が最も恐れいていたことは、妻ありさへの更なる凌辱と、衣葡と悠太への危害であった。
「お願いだ、妻をこれ以上辱めるのはやめてくれ。それから会社の人たちには手を出さないでくれ」
「さあな、俺の一存ではどうにもなりませ~ん」
崎野は少しおどけて見せた。
「あんたたちのリーダーは、あの殿井という人か。あんたから掛け合ってくれないか? 頼む! お願いだ!」
「うぜ~んだよ! 甘ったれるな!」
崎野は俊介の頬を平手で叩いた。
「うっ……!」
「ありがたく思うんだな。これでも手加減したつもりだ。俺が本気で拳骨で殴ったら、あんたを骨折させてしまうからな」
「……」
「つまらないことばかりほざくと、すぐに猿轡を噛ませるぞ」
「……」
そこには心に闇を抱いて悄然とうなだれる俊介の悲痛な姿があった。
