(第24話)



野々宮ありさ




第24話「黒いキャミソールと黒いTバック」

「お願い、シャワーを使わせて」
「いいだろう。ただし窓から逃げようなんて妙な気は起こすんじゃねえぞ。もし逃げたら旦那がやばいことになるぜ」

 凄みを利かせる殿井。
 冗談ではなく、本気だと感じさせる迫力があった。
 念のため見張りとして富成を風呂場の入口に立たせ、殿井はそそくさと寝室のある二階へと消えていった。

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 二階には寝室が三部屋ある。
 階段を上がると、手前にはツインベッドを備えた寝室があり、ありさたちはこの部屋に荷物を置いている。
 もしもありさたちに災難が降りかかっていなければ、きっとふたりはこの寝室で水蜜桃のようなひとときを過ごしていたことだろう。
 ちなみに隣の寝室にはベッドが二台、さらに奥の寝室にもベッドが二台配置されており、最大六名まで宿泊が可能であった。

 殿井が手前の部屋に入ると、すでに崎野がありさたちの鞄やクローゼット内を物色中であった。
 
「何かおもしれえ物は見つかったか?」
「財布とカードはいただいたぜ。それよりもびっくりするものが見つかったぞ」
「なんだ?」
「ふふふ、何だと思う?」
「勿体ぶらねえでさっさと言いやがれ」
「これだ。クリ吸引バイブだ」
「ほう、面白いじゃねえか。あのありさって女、まだ初々しい若妻だと思っていたが、意外にスケベだったんだなあ。俺たちと出会わなければ、腰が抜けるほどやりまくっていやがったんだろうな~。はははは~、気の毒になあ」
「旦那の代わりに俺たちがたっぷりと可愛がってやればいいじゃん」
「そうだなあ。他にはめぼしいものは見つかったか?」
「めぼしくはないけど、パンツが十枚以上クローゼットに入っていたぞ。ほら、これとか、結構エロいだろう? こちらの黒キャミとセットで着せてみないか?」

 崎野はにやにやしながら黒のキャミソールと黒のTバックを広げて見せた。

「よし、これを着せよう!」
「そろそろ風呂からあがる頃だな。富成に渡してくるよ」
「おう、頼むぜ」
「それにしてもクリ吸引バイブをこっそりと隠し持って、突然使ったら、奥さん、目の玉ひん剥くだろうな~」
「こりゃ楽しみだぜ」
 
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 午後十一時になってもありさからLINEがないことに、俊介の母・車井原雪乃は気をもんでいた。

「ねえ、あなた、こんな時間になっても、ありささんからまだLINEがないの。二人に何かあったんじゃないかしら……」
「相変わらずおまえは心配性だな。大丈夫だよ、二人とも大人なんだから。久しぶりに羽根を伸ばして遊び疲れて眠ってしまったんだろう」

 あくまで楽観的な俊介の父・車井原進一。

 今回も雪乃はありさに「旅行中は、寝る前でよいので必ずLINEか電話をほしい」と頼んでいた。
 雪乃は何らかのことを俊介夫婦に頼むときは、無頓着な俊介よりも、几帳面なありさに依頼するようにしている。

「だって変じゃないですか。きっちりしたありささんが連絡してこないなんて……」
「少しは信用してやったらどうなんだ。それほど不安ならおまえからLINEをするか、電話をしてみればいいじゃないか?」
「実はLINEを数回送ったのです……」
「で、どうだったの?」
「既読にならないのですよ……」
「じゃあ電話してみれば? 今から」
「でも時間が時間ですし……あの子たちの大切な時間かもしれないので……明朝電話をします」

 雪乃はそうつぶやきながら、にっこりと微笑んだ。
 雪乃は気遣いのできる人であり、俊介とありさを思いやった。
 進一はきっぱりと告げた。

「じゃあね、明日八時に電話をしよう。電話に出たらそれで良し、もし出ないようなら……その時は私に考えがあるから」

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 風呂場を出たありさを脱衣室で待っていたのは富成だった。
 脱衣所にはバスタオルと下着類がきちんと畳んで用意されている。

「着る間、出て行ってくれますか?」
「うん」
「あのぉ、下着を選んだのはあなたですか?」
「いや、他の者だが……?」

 黒のキャミソールと黒のTバックの組み合わせは、明らかに選んだ人間の嗜好が感じられる。

「ブラジャーは用意してくれなかったのですか?」
「どうせ、すぐに脱がされるんだから、いいんじゃないの」

 取り付く島もない返答が返ってきた。
 この男とこれ以上言話しても無駄だとありさは思った。

「とにかく早く出て行ってください」
「……」

 ありさがそそくさとスキンケアを済ませ、脱衣室から出ると富成が待っていた。
 会釈だけして富成の後をついていく。

「ハンモックのセックスすごくよかったよ」
「そうですか……」

 語る気になれないありさはつい口数が少なくなっていた。
 二人は無言で廊下を進み、階段を上がっていく。
 行く先は野獣が牙を剝き出しにして獲物を待っている。
 倦怠と苦渋の色が全身を薄雲のようにつつみこむ。

 ありさは鉛の靴を履いているように重い足取りで寝室へと向かっていく。



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