第14話「雅治奔走」
瞳を閉じると瞼に浮かぶのは雅治の優しい笑顔であった。
(雅治……わたし、もうダメだよ。あなたの元にはもう戻れそうもないよ……身も心もボロボロになっちゃった……)
ありさの目から幾筋もの涙が流れ落ちた。
🏍🏍🏍
その頃、雅治はありさの携帯に何度も通話を試みていた。しかし留守番電話のメッセージが繰り返されるばかりであった。ラインも試みたが既読が付くことがなかった。
雅治はありさのマンションへと向かった。
しかし、道路から見ても部屋の灯りは消えていたし、インターフォンを押してもまったく反応がなかった。
(これはおかしい……きっとありさの身に何かあったに違いない。すぐに手を打たないと……)
雅治は早速、最寄りの警察署に出向き事情を話した。
最初は若い刑事が1人で対応していたが、途中から貫禄のある年配の刑事が加わった。
「警部の山元です。もう少し詳しくお話しいただけませんか」
住民の相談に、警部が直接応対するのは珍しいことだ。
警察はこの事件をかなり重要視しているようであった。
雅治は事の次第を一部始終伝えた。
その間、警部と若い刑事は、真剣な眼差しで雅治の話に耳を傾けた。
「事情はよく分かりました。ありささんは彼らに拘束されている可能性がありますね。実は暴走族『ブルースネイク』は、暴走族がらみの事件だけでなく、数多くの刑事事件を起こしているのです」
「それはどのような?」
警部は一般市民に捜査内容を漏らすことをためらったが、雅治の気持ちを汲んで包み隠さず語った。
「数々の婦女暴行事件です」
「えっ……婦女暴行ですか!?」
「はい……直ちにありささん救出に向かいます」
警部は雅治の前では当然のごとく『強姦(不同意性交)』という言葉の使用を避けた。
婦女暴行とは女性に対して性行為など淫らな行為を強制し力で相手を抑圧する行為のことを指す言葉だが、強姦と比べてまだ刺激が少ない。
ちなみに婦女暴行は強姦や強制わいせつを置き換える言葉であり、新聞等の報道で用いられるのもほとんどこちらである。
雅治は彼らのアジトをありさから聞いていたので、その所在地をすぐに警察に伝えた。
早速多くのパトカーが現場に急行した。
パトカーの後部座席で腕を組む山元警部は悩んでいた。
もしかしたら証拠が乏しく、警察として大失態を演じるかも知れない。
だが、雅治には話さなかったが、山元警部の脳裏には『ありさという女性は間違いなく彼らに監禁されている。しかもレイプまでも……』という確信があった。
それは雅治が持参したありさの写真を見て、一層確信を深めたものであった。
警部が過去幾多の刑事事件を担当してきて、レイプされた女性は偶然にも美女が多かったからだ。
(考えたくはないが、ありささんもおそらく彼らの魔の手に……)
被害者の共通項が『美女ばかり』などとは、警察が発表できる事項ではなかったし、調書にそのような記述すらできなかったのだ。
しかし、そんな事実は山元警部の記憶に深く刻みこまれていた。
皮肉にも山元警部の勘は当たっていた。
踏み込んだ彼らのアジトから、ボロ布のようになったありさが見つけ出された。
ありさはすぐに病院に運ばれ手当てを受けた。
全身を丹念に検査された結果、膣内や肛門等数個所に裂傷が見つかった。
また複数の男性の精液が検出されたが、幸いにも妊娠していないことがのちに判明することになる。
雅治は病院の待合室で、ありさの検査が終わるのをじっと待っている。