第2話「黒い禊」
しかしながら、ありさにはリーダーから厚い信頼を受けているという自負があった。
(リーダーならちゃんと話せば、きっと分かってくれるはず)
ありさは今夜10時にブルースネイクのアジトに行く約束をしていた。
雅治から「危険だから行くのはやめるべき」と忠告されていたが……
ありさとしては自分を心配してくれる雅治の気持ちは嬉しかったが、ブルースネイクを脱退するためのけじめはきっちりとつけなければならないと考えていた。
それは、ありさにとって、自分が新たに生まれ変わるための一種の禊のようなものであった。
ありさは衣服を整え、洗面化粧台に向かった。
「ありさ、どうしても行くんだね。気をつけて行ってくるんだよ。終わったら必ず連絡してね。待っているから」
「うん、ごめんね。でも心配しないで。リーダーは物分りの良い人だし話せばきっと分かってくれるはずだから。終わったら連絡するから」
「ありさ、君の無事を祈っているよ」
「ありがとう……」
雅治はありさを強く抱きしめ熱いくちづけを交わした。
そして『ブルースネイク』に向かうありさの後姿を見送った。
🏍🏍🏍
「ふうむ、なるほど、そういう事情か。堅気の彼氏ができたから『ブルースネイク』を脱退したいって言うんだな。よく正直に話してくれた。今まで『ブルースネイク』でしっかりと働いてくれたおまえの頼みだし、止めるわけにはいかねえよな。いいだろう……」
リーダーの口からは意外にもあっさりと許可の言葉が飛び出した。
その言葉を聞いた瞬間、ありさは「ホッ」と胸を撫で下ろした。
メンバーからは『鬼隊長』と恐れられているが、決して話が分からない男ではないと日頃から思っていたありさは、自分の判断が間違いでなかったことに安堵のため息をついた。
「ありがとう、リーダー。感謝するよ。色々と世話になったね。じゃあ、あたし帰るね」
「もう帰るのか? じゃあ最後に餞別しなきゃあいけないな」
リーダーはにたりと意味ありげな笑みを浮かべた。
「餞別……?」
「おいっ! みんな! ありさとは今夜でおさらばだぜ! 餞別を早く用意しなっ!」
「了解っす~!」
「オーライー!」
「オレも餞別してやるぜ~!」
突然、ありさの後方のドアが開き、男たちがズカズカとなだれ込んできて、瞬く間にありさをぐるりと取り囲んでしまった。
「な? 何なの!?」
あまりの突然のことに驚きを隠しきれないありさ。
リーダーの号令一過、突然現われた男たちに、ありさは不吉な気配を感じとった。
そうは言っても見回せば馴染みの顔ばかり。まさか女リーダーだった自分に対して、妙なことはしないだろうと、高を括っていたありさ。
しかしそんな自信などとんだお門違いだったと思い知らされるのであった。
リーダーが1人の男に指図をした。
「おいっ、今夜は女リーダーありさ様の送別会だぜ! 盛大に祝ってやるんだぞ!」
「へい、リーダー!」
男はありさの目前で仁王立ちし、ポケットから取り出したジャックナイフでありさの頬をピタピタと叩いた。
「やめろっ! てめぇ~!」
血相を変えて男のむなぐらを掴み挑みかかろうとするありさ。
それでも男は怯まない。
「ふん! もう女リーダー辞めたんだろ? 辞めても威勢だけはいいな! だがよ、その威勢の良さがどこまで続くかな?」