ショートショート『ありさ 蒼い月夜』

Shyrock作











 月がポツンと浮かんでる。
 暗いはずの夜空が月のせいで蒼く見える。

 俺は月を背にしてギターを弾いている。
 淡い月明りが譜面を照らしてる。
 音符は正直言ってほとんど見えないが、弾き慣れた曲だから暗くても構わない。

 俺の座っている位置からキャンプ地が見える。
 青や黄色のテントがうっすらと見えている。
 どのテントも全ての明りが消えている。
 山で23時と言えば既に深夜だ。
 少しでも早く消灯して、早朝に備えようとするから当然のことだろう。

 そんな冷えた大気の中で、俺は静かにバラッドを口ずさむ。
 小さかった人影がやがて彼女であることが分かるくらい近づいてくる。

「どうしたの?眠れないの?」
「うん……」

 俺はギターの爪弾きを止めて、ありさが俺に聞いたことを反復した。

「眠れないのか?」
「そうなの……」

 ありさは月に向かって座る。
 湖岸の砂地にありさの陰ができる。

「もう少し唄って」

 俺はバラッドを再び口ずさむ。
 ありさは静かに聴いている。

 湖水に反射した月の光が、少しうつむいたありさの顔を揺らめきながら照らしている。

 俺は一曲唄い終える。
 ありさは俺を見つめてる。
 俺もありさを見る。
 深い森のような静かな瞳……
 この静寂の中に溶け込んでしまいそうなそんな瞳。

 俺は腕を軽く伸ばしてありさの肩を捉える。
 力を入れないままありさが身を委ねてくる。

 キス……
 そして、もう一度……

 手を離すとありさはスッと離れた。
 またうつむいたありさの手は砂につけたまま軽く握り込む。

 少し間が開く。
 俺は右腕を伸ばす。
 そして右手でゆっくりとありさの顎をなぞる。
 右顎にある小さなホクロに指は触れた。
 ホクロを優しく撫でた指はそこで小さく旋回する。
 す~っと形の良いありさの顎を右手はゆっくりとトレースして行く。


 ありさの体温が直に指に伝わってくる。
 暖かい。
 冷えた山の夜の大気に慣れていた手にありさの体温が暖かく感じられる。

 手をゆっくりと戻す。
 ギターを置いて、左手を伸ばしてありさの顎を軽く引き寄せる。
 キスをする。

(チュッ……)

(どうして?)

 どうしてありさが?

 特別親しかったわけじゃないのに。

(なぜ……?)

 夜……
 そう。
 蒼い月の夜が俺の傍にありさを引き寄せたのかも知れない。

 キスをやめて、ありさをそっと見る。
 ありさがくっきりとした瞳を開いて俺を見ている。
 澄んだ瞳……

 ありさの口が動く。
 声を出さないで何か伝えようとしている。
 あまり大きく開けてない口の動きではよく分からない。

(もう一度、優しく歌って。私のために……)

 俺は砂地に置いたギターを取り上げ、先程とは違う歌を口ずさむ。
 ありさはさざなみのように打ち寄せてくるメロディーをじっと聴き入ってる。

 やがて歌は終わった。
 俺は立ち上がる。
 ありさが俺を見上げる。
 すこし屈みこんで、ありさの脇の下に手を入れ立たせる。
 ありさは少しよろめいて立ちあがる。
 パンプスを履かせ、砂をはらってやり、自分のデニムパンツの砂もはらう。

 また少しかがんでギターを掴む。
 そして、ありさの腰に手を回して歩き出す。

「さあ、寝ようか……」
「いっしょに?」
「ば~か~、冗談キツイぞ~」
「あははは~」

 ありさはケラケラと無邪気に笑った。
 ありさが肩にもたれかかって来た。
 俺は優しい言葉をぽつりぽつりと吐きながらキャンプへの小道を歩いていく。

 空には黄色い月。
 そして、その回りを蒼い夜空が広がっている。

 そんな静かな夜……
 何かが始まる予感……







ありさ













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