『愛することの意味』

ゆうき樹 作



 僕は人を愛したことがあるだろうか?
 言葉は軽く、セックスはただの手順に過ぎない。美希と過ごした時間は確かに愛だった
かもしれない。けれども恋との境はどこにあったろう?
 深夜眠れずにカサブランカを観ている僕の首筋にキスする美希のやさしさは、僕にとっ
てこの上なく幸せな瞬間だった。真っ暗な闇に包まれた部屋に光るモノクロの映像は、そ
れだけで二人をエロティックな世界に引き摺り込んでくれた。
「なぜ僕にキスするの?」
「あなたが好きだから」
「なぜ僕を求めるの?」
「あなたを一人占めしたいから」
 熱い吐息を吐く彼女の唇は闇に光り、這わす手は僕を知り尽くし、彼女の舌は僕を別世
界へといざなう。果てしなく繰り返される愛撫に僕は何度も彼女の名を呼び、深く淡い世
界に一人放り出される。鼻孔をくすぐる彼女の香りはまるで、もぎたての果実のように甘
く、刺激的で食欲をそそる。
 吐息を絡ませ、爪を立て、その首筋に牙をむく。終わらないで欲しい至福の時が終わる
とき、二人は何度も互いの名を叫ぶ。
 激しい呼吸が僕らを現実の部屋へと急速に呼び戻し、後に残るのは虚しい汗だけだ。
 さっきまでの官能的な唇は色褪せ、モノクロの映画は砂嵐に変わっている。埃臭い部屋
には飲みかけビールともみ消された煙草、彼女の寝息と僕の溜息。
 これが愛だろうか?
 僕が求める姿だろうか?
 繰り返される官能と焦燥。ただ美希と暮らす夢の中に現実の光はどこまで届くのだろう。
何度この場所から抜け出そうとしても、その夜から離れられない。その言葉から耳を塞ぐ
ことはできない。そのぬくもりから醒めることができない。唇の魅力に勝てない。僕自信
を思い出せない。
 気が付けば狂おしいほど彼女を求めている僕がいる。それは真実を追い求める僕とは違
う姿で震え、渇き、祈る。
 神への祈りに似た、けれど誓いのない祈り。
 怠惰な時間は神への冒涜に思え、僕をこの世に引き戻し、ベッドから降り立つことさえ
許されず、晴れた空さえ忘れてしまった。二人が引き合う想いは恋だと学び、求め合う姿
は正しいと美希から教えられた。その次にくるのは愛か? ここに留まれば僕は愛を見つ
けることができるだろうか? 僕等は愛し合っていると認められるのか?
 新しい明日は愛を教えてくれるだろうか?
 繰り返される日々から何かを学べるだろうか?
 僕は愛を語れるようになるだろうか……。























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