エッセイ『「バージンロード」を君に』

Shyrock 作






「久しぶりだね」

 俺はバーテンに気安く声を掛け、ボックス席には座らないでバーカウンターに腰を下ろした。
 いつもの若いバーテンが愛想よく会釈する。

「今日は遅いですね」

 店は相当賑わっている。
 月末でしかも週末だから当然だろう。
 席が偶然ふたつ空いている。今日はついているようだ。

 ジャズのセッションが流れている。
 けだるい夜のプロローグだ。
 彼女と『結婚観』についてお互いの考え方をぶつけ合った。
 意見がかなり食い違う。
 彼女も向きになって食い下がってくる。
 これではいくら語り合っても水掛け論だ。

 おや?もう0時を廻ってしまった。
 お互い飲み始めたら時間の観念など無くしてしまう悪い癖がある。
 でも今日はいいか。
 彼女は明日休みらしいし、根っからの酒好きだ。
 それに帰っても、冷たいシングルベッドが待っているだけだ。
 第一『語り合う』ことが何よりも好きな女だ。
 議論が伯仲すれば、長い髪をかき上げて熱く語ってくる。
 俺とすれば、そのちょっとした理屈っぽさがむしろ楽しい。
 俺の話に相づちを打ってくれる女も悪くないが、一生懸命俺を負かそうとムキになってくれる女も悪くない。

 それに俺といる時、時計を見たことがない。
 これは男として嬉しいことだ。
 時間を気にする女はこちらも気を遣わなければならない。

「目をキュッと吊り上げたら、ますます栗山千明に似てきたね」

 決しておべっかを使ったのではない。
 確かに目元がよく似ているので、ふと不意に出た言葉だった。
 しかし、本人にすれば話の腰を折られたと思ったのか、急に機嫌が悪くなった。

「その怒った顔がまたいいね。ベッドに誘いたくなってきたよ」
「あはは、行ってみる?ホテル。いいよ、行っても。こんな時しか私を誘えないよ~」
「よせよ。またエッチしないで朝まで酒飲むんだろう?遠慮しとくよ」
「じゃあ、しようよ」
「何を?」
「アレに決まってるじゃん。バカね」
「チェッ、また俺をからかってるんだろう?そういって誘っておいて、飲み明かすんだろう?」
「そう思う?」
「うん」
「残念だね。今夜は本気だったのに……」
「嘘つき」
「ほんとだってば。信用してよ」
「無理だね」
「その不機嫌そうな顔がたまらないわ」
「ははは、口ばっかり」
「でもさ、私たちって変な関係ね?たまにこうして会うけど、Shyは一度もお酒以上誘ってくれないもんね。今までずっと彼女がいたものね。今もいるんでしょ?」
「いないよ」
「でも好きな人、いるんでしょ?」
「うん、どうだか……話題を変えようか?いや、それより、このままずっと飲もうよ。何なら仮想セックスしてみる?トークだけで」
「うん!それ面白そう~!しよう!しよう~~~!!」
「おいおい!店の中で大きな声で言うなよ。それも『しよう、しよう!』なんてさ」
「あ、そうか。ごめん、ごめん。それじゃあ、ヒソヒソ話する?」
「いや、それも何だかなあ。普通でいいよ、普通で」

 そんな調子でだらだらしゃべって、気がついたらもう午前4時。

「もうすぐ、朝だね」
「ふたり眠そうな顔で早朝の街に出たら、きっとホテル帰りのカップルと間違えられわね」
「まあ、別にいいじゃないか。そう思う人は思わせときゃいい。とにかく閉店まで飲もう」

◇◇◇

「もうぼちぼち夜が明けるのかしら?店の中にいると分からないね」
「うん、もう少しで夜が明けるよ」

 ふたりはその後も飲み続けた。
 トイレに行こうとして立ったとき、俺は真っ直ぐ歩けなくなっていた。
 彼女も呂律が少し怪しくなっている。

 俺は最後の一杯をちょうど目の前にいたマスターに注文した。

「マスター、最後の一杯を頼むよ。ジャックダニエルをロックでね」
「はい、承知しました。で、お連れさまには何をお作りしましょうか?」
「うん、彼女にはマスターのオリジナル・カクテル『バージンロード』を作ってくれないか?」

 俺と数年間たまにこうして酒を酌み交わしているのに、いまだに俺にはバージンの彼女。
 男と女、そんな付合いがあってもいいんじゃないかなあ?





<追記>
カクテル『バージンロード』とは……
透明感があって白を基調としたカクテル。

(バージンロードの材料)
ホワイトラム
シトロン・ジュネヴァ(レモン・リキュール)
グレープフルーツ・ジュース
ライム・ジュース
グレナデン・シロップ
















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