エッセイ『展覧会の絵』
Shyrock 作




 神戸の山本通に『展覧会の絵』と言う名前のカフェがある。
 以前あの子と訪れたことがあった。
 久しぶりに扉を開けてみた。
 今日もお客はいない。
 実は夜のジャズライヴが本業で、昼間は喫茶だけやってる。

「お久しぶりですね」

 ママがこの前と同じように愛想よく微笑んでくれた。

「僕のことよく憶えてくれてますね」

「もちろん憶えてますよ。可愛い女性といっしょにいらしたもの。あの方、今日はごいっしょじゃないんですね?」
「あ、はい……」

 僕は言葉少なにうなづいた。
 ママはそっとたずねた。

「喧嘩なさったんですか?」
「いいえ、別れました」
「えっ……?」

 ママは一瞬だったが表情が変わった。

「そうでしたか……」

 しかし直ぐに明るい表情を繕って

「大きな瞳が印象的なとてもお綺麗な人でしたわ」

「よく憶えておられますね」

「はい、あの方は初めていらっしゃったのに、私に気さくに話し掛けてくださったし、すごく話が合いました」
「彼女もこの店のことすごく気に入ってましたよ。旅行後神戸で印象に残った場所を尋ねたら、最初にこの店のことを語ってましたよ。お店には失礼だけど、僕はてっきり異人館かハーバーランドの名前が出ると思ってたんですよ。きっとあなたとこの店が彼女の感性とピタリと填まったんでしょうね」
「まあ、嬉しいですわ」

 ママは心から嬉しそうに笑顔を見せた。

「あっ、ごめんなさい。オーダーをお聞きするのを忘れてましたわ。何になさいますか」

 ママはコーヒーを点てながらポツリとつぶやいた。

「きっと魔が差したんでしょうね……」
「魔……ですか……?」
「はい、魔です。男と女はいくら愛し合っていても、まれに魔が差すことってあるんですよ。で、後から『私って何てことしたの!』って気がつくんです。でもその時はもう手遅れ……」
「そう言うものですか……」

 ママの恋愛談義を聞きながらコーヒーを飲み干した頃、すでに三十分が経っていた。

「今日はよくいらしてくださいましたね。またいらしてくださいね。素敵な彼女を連れて」
「もう彼女は連れて来れないと思いますよ」
「いえいえ、そうじゃなくって、別の素敵な方を」
「ははははは、そうですね。連れてこれたらいいですね。じゃあ、今日はご馳走様でした……」
「ありがとうございました……お元気で……」

 店を出たらもう陽が西に傾き始めていた。
 夕暮れになってカップルの姿が増えたようだ。

「ありゃりゃ、こんなカップルの多いエリアにひとりで来るとは僕ってバカだよな」

 連休と言うこともあって観光客で賑わう北野坂をくだり三宮の駅へと向かった。
 風が吹き、シャツの胸元がはだけ、下に着ているティーシャツのロゴが覗く。
 あの子からもらったティーシャツが。
















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