Shyrock筆

 大きな窓から岸壁が見えている。
 打ち寄せては返す冬の波が実に荒々しい。
 ここは海辺のホテル。
 弱弱しい陽射しだがカーテンの隙間から漏れて眩しい。
 寝不足のせいか、頭がズキズキと痛む。
 それでも横で幸せそうに眠っている奈々子の寝顔を見ているうちに、頭痛はどこかに吹き飛んでしまった。
 突然眠っている奈々子にキスをしたくなった。
 起こさないようにとそっと唇を重ねたが、奈々子は「ムニャムニャ」とつぶやき目を覚ましてしまった。
 目覚めたばかりの奈々子はいきなり抱きついてきた。
 まだ気持ちの準備はできていなかったが、男というものは好きな女性に甘えられると、ついその気になってしまうものだ。
 男の生理現象“朝立ち”の影響もあるのだろうが、早くも下半身は元気印になっている。
 奈々子は僕のモノに触れ「やだぁ~もうこんなになっている~」などとクスクス笑ってはいるが、かなりその気になっている。
 どちらから言い出したわけでもないが、いつの間にか組んずほぐれつ絡み合い。
 昨夜あれほど激しく濃厚だったのに、まだやり足りないというのだろうか。
 そういえば昨夜2回戦が終わり、3回戦に入ったところで急に睡魔に襲われてそこで終了。
 奈々子はぶつぶつと不平を漏らしていたが眠気には勝てず。
 不完全燃焼に終わった3回戦のリターンマッチとばかり朝から挑んだふたりだったが、タイミング悪くドアの方から突然チャイムが鳴った。

(ピンポン~♪)

「ん?まだ8時だと言うのにいったい誰なんだ……?」

 さあこれからと言うときに、不意の訪問者があり僕は不満を漏らした。
 その時、奈々子は何かを思い出したようでポンと手を打った。

「あっ!ルームサービス頼んだのをすっかり忘れてた!昨夜ドアの外に注文用紙をかけておいたじゃない!あああ~、朝食が来たんだわ~!」
「あちゃ~!そうだったね!すっかり忘れてた!」

 戦闘態勢に入りかけていたふたりだったが、仕方なく一旦休戦することにした。
 いや休戦せざるを得なかった。
 ホテルのレストランで朝食バイキングという手もあったのだが、たまにはルームサービスをとってゆっくりと部屋で海を眺めながら食事を愉しみたい、という奈々子のリクエストもあったので事前に申し込んでおいたことをすっかり忘れてしまっていたのだった。

 ドアの外ではボーイが待機している。
 でも奈々子も僕もまだ裸だ。

「ちょっと待っててね!」

 僕はとりあえずバスローブだけ羽織って、ドア越しにボーイに少し待ってくれるよう頼んだ。
 もしも今入られたらふたりとも裸だし、昨夜の情事以降ベッド周辺は散らかったままだし、とても人に見せられたものではない。
 いくら“旅の恥はかき捨て”といっても、ちょっと恥ずかしすぎる。
 それに奈々子がまだあられもない姿のままだ。
 突然の訪問者に狼狽しているものの、それでも急いで素肌にバスローブを引っかけ、ドレッサーの前に行き髪を梳き始めた。

「そのままでいいじゃないか」
「ダメよ。髪ぐちゃぐちゃなんだから」
「ボーイさん、あまり待たせると悪いし、ドア開けるよ、いいね」
 
 急支度ではあったが とりあえず最小限の片づけは終えた僕はドアに向かった。
 まだ鏡に向かっている奈々子はあえて無表情をつくろっているように思えた。
 
 ドアを開けると廊下で若いボーイが待っていた。

「おはようございます。朝食をお持ちしました」
「待たせたね」
「いいえ、とんでもございません」

 笑顔の爽やかな細面の好青年だ。

「失礼します」

 ボーイはお辞儀をした後、ワゴンをゆっくりと押して行き窓辺のテーブルに朝食を並べた。
 ポットからコーヒーを注ぐと室内に香ばしい香りが漂った。
 朝食のセッティングが終わり僕達にお辞儀をして部屋を出ようとした、まさにその時だった。
 あろうことか片付けたはずの奈々子のパンティが床に落ちていたのだ。
 おそらく昨夜ベッド上で脱がせた下着が放置され、もつれ合っているうちにベッドからするりと落ちたのであろう。

(あっ!しまった!)

 奈々子と僕は呆然としてしまって言葉が出ない。
 気がついた時はすでに後の祭りであった。
 ところがボーイは特にリアクションをするでもなく、何も見なかったかのようにさりげなく部屋を出て行った。

 僕と奈々子は顔を見合わせた。

「ああ、恥ずかしい……。急いで支度したからパンティ穿くのすっかり忘れちゃったじゃない……」
「焦っていたものね。床にパンティが落ちているのを見つけた時、ボーイさん驚いただろうなあ。何か悪いことしたなあ」
「う~ん、でも、こんなことよくあるんじゃない?」
「滅多にないと思うよ~」
「そうかなあ」
「そうだよ」
「ねえ、パンティ見つけた時のボーイさんの顔、憶えてる?」
「え?どうかしたの?」
「顔、真っ赤だった…」
「そんな時の表情をうかがってるなんて。奈々子も人が悪いなあ」
「だって、どんな顔してるか気になるもの」
「ん?もしかしてわざとパンティ落としておいたとか…?」
「あはは、まさかぁ」

 おかげで眠気の吹き飛んだふたりは、水平線を眺めながらスクランブルエッグにフォークをつけた。
 コーヒーの馥郁たる香りが立ちこめ、ふたりに幸せ色に染めていった。




























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