今でも悔やむあの一発

Shyrock作




神戸元町界隈



僕がちょうど20才の時、1つ年上の21才の女性と付合っていた。
彼女は名前をU子と言い、某ラジオ番組のDJやテレビ番組のアシスタントをしていた。また、週に2、3日、トラフィック・インフォメーション(道路交通情報)の仕事もしていた。

運転中の時は、彼女のアナウンスが楽しみで、ずっと同一の周波数に合わせていた。
こっちは学生だったので時間の融通はついたが、彼女の仕事柄なかなか時間が噛み合わず、会うことにすごく苦労したものだ。
ある夜などは約束が夜8時だったのに、収録の後、打合せがあったらしくやってきたのが、何と夜中の1時と言う時もあった。
よくもまあそんな夜更けまで根気よく待ったものだと、我ながら感心する。
その夜はそのまま朝までデートして、眠い目を擦りながら学校へ。
定時に終わり午後6時ぐらいに待ち合わせをしている友人が羨ましく思えたものだ。

僕はある夜、いつものように彼女と喫茶店で会ったが、どういう訳か彼女のテンションは低くまったく話が弾まない。
沈みがちで何やら悩んでいる風でもある。
どうしたのかと尋ねてみても、ついには泣き出してしまう始末。

気掛かりになった僕は執拗に問い詰めた。
すると聞きたくもない恐ろしい返事が返って来た。
U子はある人気番組に出演させてもらうことを条件に、某プロデューサーに抱かれたと言う。
それは昨夜のことらしい。
僕が頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
その時の気持ちをうまく言葉にできない。

とにかく悔しかった。
悲しかった。
番組に出るために身体を売ったのか……。
それじゃまるで売春じゃないか。
そんなことまでして有名になりたいのか!?
権力で女を食い物にするような野郎に……ムムム……
そんな下衆な男に抱かれるとは……
絶対に許さない。
愛よりも名声が大事というのなら、僕の前から今すぐ消えろ!!

喫茶店を出てから路上で、僕は感情に任せてU子の頬を思い切り殴ってしまった。
U子は「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣き崩れ……
「もう二度としないから堪忍して」
と平謝りに謝ったが、僕は許さなかった。
今思えば、何と度量の無い男だろうか。

僕はそのままその場から立ち去った。
振り返らなかった。
その後U子はどうしたのか……
今となっては知るよしもない。
一晩中泣き続けていたのだろうか。

今ならそんな酷いことはしなかったと思うが、その頃の僕はいいように言えば純粋だったが、世間を知らないただのガキだったので感情をぶつけることしかできなかった。

余談だけど、U子はその後27才で結婚し、1児の母となり、今はあるアクセサリーメーカーの社長さんをやっていると風の便りに聞いたことがある。

女性の顔を殴ったのは、後にも先にもその1回だけ。
今でも殴ったことをすごく後悔している。
顔だけじゃなく、心まで深い傷を負わせてしまったような気がする。

今日ある人から届いたメールから、忘れかけていた苦い記憶がよみがえった。













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