夜更けにジャズライブハウスのドアを開けた。
 友人と飲んでも酔えない自分が何だか情けない気がして、一人で寄ってみた。

 この店には時々訪れる。
 今夜はボーカルはなくインストゥルメンタルで、ピアノとテナーサックスのセッションだ。
 比較的客は少なく、若い女性3人組、30過ぎの男性2人組、大人っぽいカップルが1組、
 物思いに耽った30前後とおぼしき女性が1人だけだった。

 バーテンダーにメーカーズマークスのロックを頼んだ。
 グラスの中に浮かぶ角張った氷がなぜだか胸に突き刺さりそうな気がした。
 そう言えば、あの時もあの人はバーでロックを飲んだっけ。
 その時の氷がやけに丸かったのを憶えている。
 あの人は疲れていた。僕も疲れていた。
 語り合ったこともきっちりと憶えている。
 いや、忘れよう。
 忘れる方が楽だから。

 物思いに耽った女がそばに来た。
 よければいっしょに飲もうと言ってきた。
 それもいい。今夜は1人で飲んでも酔えないのだから、この女と飲むことにしよう。

「いいよ」
「よく来るんですか?」と女は尋ねてきた。
「うん、たまにね。君はどこから来たの?」
「はい、○○市です。ひとり考え事がしたくて……」
「へぇ、それじゃ僕といっしょだね。じゃあ、とことん飲むとするか」
「ええ、やりましょう」

 午後11時を回っていた。
 生演奏も終わってしまっている。
 僕は誘ってみた。

「もう一軒行こうか?この近くに馴染みのバーがあるんだけど」
「行っときますか。秋の夜長だし」

 ライブハウスを出ると秋を思わせる冷たい風が吹いていたが、やけに気持ちが良かった。
 女は僕の左腕にすがりついてきた。
 今夜は楽しいトークで盛り上がりそうだ。






















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